ずぼら運動学

【医師執筆】運動のやりすぎによる心臓病への影響。やり過ぎは禁物!

はじめに

心臓病と診断された方々にとって、毎日の生活に運動を取り入れることは、時に不安や疑問を感じることかもしれません。しかし、適切な運動は、心臓を強くし、病気の再発を防ぐための鍵となります。

運動は、心臓にとって「良い薬」であることが多くの研究で示されています。例えば、American Heart Associationは、適度な運動が心臓病のリスクを減らすことを示唆しています(American Heart Association, 2020)。しかし、運動の「量」と「質」が重要であり、特に心臓病を抱える方にとっては、そのバランスを見つけることが不可欠です。

今回は、循環器専門医で心臓リハビリテーションの診療に従事してきた私が、運動のやりすぎが心臓にどのような影響を与えるのか、そしてどのようにして「やりすぎ」を避けることができるのかをまとめます。科学的根拠に基づいた情報を分かりやすく提供し、皆さんのフィットネスの旅が安全で楽しいものになるような手助けとなれば光栄です。

循環器専門医マル

それでは、心臓に優しい運動の世界へ一緒に踏み出しましょう。

運動が心臓に与えるよい影響

皆さん、健やかな毎日を過ごすためには、心臓の健康を守ることが何よりも重要です。心臓は体の中で一生懸命働くポンプのようなもので、血液を全身に送り出しています。この大切なポンプを健康に保つためには、運動が非常に効果的な手段となります。

運動によって、心臓はより効率的に血液を送り出すことができるようになります。これは、心臓の筋肉が強化される、血管の柔軟性を高める、筋肉からホルモンが分泌されるなど様々な要因があります。

運動は心臓病の再発を防ぐことにもつながりますし、高血圧・糖尿病などの心臓病のリスクとなる病気の治療にもなります。(2021年改訂版 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン

運動耐容能(体力)があればあるほど寿命も長い事は多くの研究で示されています。

例えば、世界で最も権威のある医学雑誌であるNew England Journal of Medicineに2002年に掲載された論文では、6000人強の男性(平均59歳)に運動試験を行い平均約6年経過を追ったところ、体力と死亡との間に統計的に強い関係がある事が示されています。運動できる能力が1MET上がれば死亡率は12%低下するとされています。

METについてはこちらの記事の解説をご参照ください。

運動のやりすぎとは?

いい効果がある運動ですが、何事もやり過ぎはよくありません。

孔子の教えにあるように、過ぎたるは、なお及ばざるが如し です。

運動のやりすぎとその識別

運動のやりすぎとは、身体が適切に回復する時間を与えずに、過度に身体を酷使することを指します。これには、過度な強度での運動、休息日なしの連続したトレーニング、または体が示す疲労のサインを無視して運動を続けることが含まれます。運動のやりすぎによって、特に心臓の害を与える事もあるんです。

やりすぎによる心臓へのリスク

  1. 血圧の上昇による急性心不全: 運動の負荷量が高ければ高いほど血圧が上がります(Biomed Res Int. 2016:2016:5607507)。血圧の上昇は心臓にとって負荷になり、肺に水が溜まり、息苦しさが急激に進行します(日本心臓病財団)。
  2. 心筋損傷と心負荷: 過度な運動は、心筋に微細な損傷を引き起こす可能性があります。トロポニンという心筋損傷のマーカーが運動後に上昇することがあり、これは一時的な心筋のストレスや損傷を示唆しています(Neilan TG, et al., Circulation, 2006)。この研究ではマラソン後の肺動脈圧やBNPの上昇も確認されており、心負荷がかかっていると判断できます。
  3. 心房細動: 激しい運動は、心房細動のリスクを高めることが知られています。心房細動は、不規則な心拍を引き起こし、心臓の効率を低下させる可能性があります(Aizer A, et al., Am J Cardiol, 2009)。この研究では1982年に40歳から84歳の16,921名を平均12年間追跡調査されました。その間に1,661名が心房細動を発症しました。激しい運動は、「汗をかくほどの運動」として定義され、激しい運動の習慣がない人に比べて、激しい運動を週に1~2回、3~4回、5~7回行う人は、それぞれ心房細動になるリスクが9%,4%,20%増加するという結果になっています(p=0.04)。特に激しい運動による心房細動のリスクの増加の傾向は50歳未満の男性と、ジョギングする人で顕著な傾向があったとされています。
  4. 冠動脈疾患: 長期間にわたる過度な運動は、冠動脈の健康に影響を与えることが示されています。一部の研究では、極端な運動が冠動脈のプラーク蓄積に関連していることが報告されています(Möhlenkamp S, et al., Eur Heart J, 2008)。この研究で対象になった集団は50歳以上の男性で3年間で5回以上のマラソン大会に出場している人です。
  5. 心筋の線維化: 心筋の繊維化は心筋の障害を示します。長期間の過度な運動は、心筋線維の変化を引き起こし、心臓の構造に変化をもたらすことがあります。これは、心臓の機能に長期的な影響を与える可能性があります(Tahir E, et al., J Am Coll Cardiol Img 2018;11:1260–70)。この論文で運動による血圧の上昇が心筋繊維化と関係が示唆されています。

運動のやりすぎを避けるためには?

心臓病をお持ちの皆さん、運動を行う際には、健康を守りながらも運動のやりすぎを避けることが大切です。ここでは、運動のやりすぎを防ぐためのいくつかの重要なポイントを紹介します。

1. 医師のアドバイスを受ける

運動プログラムを始める前に、必ず医師の許可を得てください。医師は、心臓の状態や全体的な健康を考慮して、個々に適した運動の種類や強度を推奨できます。

2. 運動計画の立て方

運動の計画は、現在のフィットネスレベルに基づいて徐々に進めることが重要です。週に数回、軽い運動から始めて、徐々に運動量を増やしていくことを目指しましょう。

3. 運動強度の管理

中強度の運動を目標にし、高強度の運動は医師の指導のもとに行ってください。運動中は、話しながら運動できる程度の強度が目安です。

4. 休息と回復

運動の間に十分な休息を取ることが重要です。運動後には、心臓の回復を助けるために十分な休息をとりましょう。運動中にも休憩をはさみましょう!

5. 身体のサインに注意する

運動中に胸の痛み、息切れ、めまい、吐き気などの症状が現れたら、すぐに運動を中止して医師に相談してください。

6. 運動の多様性

運動の種類を変えることで、身体の異なる部分を鍛え、運動のやりすぎによる特定の筋肉への負担を避けることができます。

7. 運動の進捗を記録する

運動の進捗を記録し、医師と定期的にレビューすることで、適切な運動量を維持することができます。

適度な運動強度については過去のブログでも紹介していますので参考にして下さい。

運動のやりすぎのサインと対処法

気を付けていても、やり過ぎてしまう時もあるでしょう。

やり過ぎのサインとして考えうるものを以下に列挙します。このようなサインがでれば要注意です。

運動のやりすぎのサイン

  1. 過度の疲労感: 運動後に回復するのに通常よりも長い時間がかかる。
  2. 睡眠の質の低下: 運動のやりすぎは、睡眠パターンを乱すことがあります。
  3. 心拍数の変化: 休息時心拍数が上昇することがあります。
  4. 気分の変動: イライラしたり、うつ症状が出たりすることがあります。
  5. 運動パフォーマンスの低下: 通常よりも運動が困難に感じられる。
  6. 筋肉痛の持続: 通常の筋肉痛よりも長く続くか、予想外の筋肉痛がある。
  7. 食欲不振: 運動のやりすぎは食欲を減少させることがあります。

対処法

  1. 十分な休息を取る: 運動のやりすぎのサインが見られたら、追加の休息日を取りましょう。
  2. 水分と栄養の摂取: 運動によるエネルギー消費を補うために、十分な水分と栄養を摂取します。
  3. 運動強度の調整: 運動の強度を下げたり、運動の種類を変えたりして、身体に負担をかけすぎないようにします。
  4. ストレッチとリカバリー: 運動前後のストレッチやリカバリー活動を行い、筋肉の回復を助けます。
  5. 医師との相談: 症状が改善しない場合は、医師に相談し、運動プログラムを見直してもらいましょう。
  6. ストレス管理: ヨガや瞑想などのリラクゼーション技術を取り入れて、ストレスを管理します。
  7. 運動日記の利用: 運動の種類、時間、感じたことを記録し、自分の体調と運動の関係を把握します。

運動のやりすぎのサインに気づいたら、無理をせず、適切な対処を行うことが大切です。心臓病を持つ方々は、特に慎重に運動の量と質を管理する必要がありますよ。

安全なフィットネスプログラムの例

心臓病をお持ちの皆様にとって、安全に運動を行うことは、健康維持のために非常に重要です。ここでは、心臓に優しいフィットネスプログラムの例をいくつかご紹介します。これらのプログラムは、運動のやりすぎを避け軽い負荷から始められると思います。

1. ウォーキングプログラムー簡単に始められます

  • 方法: 週に5日、1日20分間のウォーキングから始めます。徐々に時間を30分に増やし、歩く速度を少しずつ上げていきます。
  • 注意点: 心拍数をチェックできるのであれば、脈拍数が上がり過ぎないように強度を調整して、無理のない範囲で行います。

2. 水泳プログラムー軽い負荷の全身運動

  • 方法: 週に3日、各セッション20分間の水泳を行います。泳ぐスタイルは、クロールや背泳ぎなど、負担の少ないものを選びます。徐々に時間を増やして50分まで増やせるとよいでしょう。
  • 注意点: 水の中では体が軽く感じるため、無理をせず自分のペースで泳ぎます。開胸手術の直後は腕の大きな動きは傷に負担がかかるので避けましょう。

3. ステーショナリーバイクプログラムー下半身の筋肉も鍛えましょう

  • 方法: 週に3日、各セッション15分間のステーショナリーバイクを利用します。負荷は中強度に設定し、ペダルを回す速度は一定に保ちます。徐々に時間を増やして30分に。バイクを使わない日で週に2日ウォーキングを30分行うと、週5日x30分の運動ができます。
  • 注意点: 膝や腰に痛みを感じた場合は、負荷を下げるか運動を中止します。

4. 軽い筋トレー有酸素運動に加えて筋トレを行う事で、筋力を維持しましょう

  • 方法: 週に2日、軽い重りを使ったストレングストレーニングを行います。各筋肉群につき2~3セット、1セットは8~12回のリフトで構成します。
  • 注意点: 重すぎる重りを避け、正しいフォームで運動を行います。

Youtube

Youtubeでも同様の内容について解説していますので参考にしてください。

まとめ

心臓病を持つ方々は、運動を通じて心臓の健康を維持することができますが、運動のやりすぎには注意が必要です。

適切な運動量を見極め、安全なフィットネスプログラムを実践し、身体のサインに耳を傾けることで、心臓病の再発予防につながります。常に自分の体と相談しながら、健康的な運動を心がけましょう。

適度な強度の適切な運動習慣を医師がマンツーマンで指導する3ヵ月のプログラムを作っています。ご興味がある方はご連絡下さい。

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